ゴレ島訪問(セネガル訪問記1)/ Visit de l’île de Gorée

Désolée, en version japonaise uniquement. こちらは、よく更新している私の家族ブログに乗せていたセネガル訪問の記事です。セネガルの観光記事ですが、歴史について写真つきでわかりやすいので、こちらにも掲載します。 --- 今日は、ダカールの最も重要な歴史的な観光地であり世界遺産でもある、ゴレ島訪問について。 この島は、奴隷貿易の拠点としてかつて発展した島です。 観光記事として描いていますが、内容はもちろん明るいものではありません。 苦手な方はご遠慮ください・・・。 ↑島の精霊をイメージして。追悼の念もこめて。   さて、ダカールからゴレ島までは、船で15~20分程度。あっという間に着きます。 船の時間は決まっていて、一日に何往復もしていますが、1時間~3時間に一本程度なので、事前に時間を確認してから行きましょう!     ダカールの港から船に乗り込みます。 外国人観光客のチケットは一人5000CFA(800円くらい)、地元の人はもっと安く乗れ、さらに島に住む人々には割引があります。     今日はお昼前の時間とあって、一番人が多い便。   多くの観光客は、お昼前には島について昼食をその場でとり、島で半日~1日を過ごします。   船の上には島に住む乗客たちや、観光客のガイド、そしてダカールから島の生活必需品などの積荷を出荷する人々も。   島が見えてきました。     ゴレ島船着場。地元の人たちの乗る漁船もちらほら。       島に降り立つと、「ガイド」を名乗る人々が次々に声をかけてきます。 やはり始めはガイドがいると英語で説明してくれるので分かりやすいです。 オフィシャルガイドは8000CFA(1300円くらい)だそうです。     植民地時代に建てられた家々のピンク色の壁に、咲く花々や木が鮮やか。 これだけでもポストカードのよう。     島に入って食事を済ませた後、 午後から今日の目的だった、 「奴隷の家」を訪れます。     当時はこの奴隷の家に、アフリカ各地から集められたり売られたりしてきた 奴隷が一度に200~300人も収容されていたそうです。   そして、ここで買い手がついた奴隷達は、船に乗せられてアメリカ大陸各地へ。     恐ろしいのが、「家」は二階建てなのですが、下の穴倉のような一階に奴隷達を閉じ込めて、... Lire la Suite →

【まんが】イスラーム神秘主義の修行(タルビーヤ)について(2)/ Les Chroniques de Tarbiya(2)

En français, cliquer ici 前回のブログに引き続き、絵ものです。このところ筆者の古い趣味が再燃焼したため研究ブログというより、同人誌ブログ的になってますが... ぜひお付き合いください(*ノ∀`*)ゞ 研究要素もちゃんと盛り込んでいます。 ということで、今回の「日誌」です。 今日のトビラ絵のモデルはソクナ・マンジャーラ・ブソー(1833–1866) という女性(ソクナは敬称)で、ムリッド教団を創始したアーマド・バンバの母です。セネガル人でよくマンジャーラという名前の女性がいますが、この方が由来です。彼女にも奇跡の話などがいろいろありますが、またいずれ本編で・・・。本人といわれているこの写真をモデルに描いてみました。 ここでまんがの前にテーマの「タルビーヤ」について、イスラームの神秘主義について…簡単な説明を書きましたのでまんがをすぐ読みたい方はスキップしていただいて大丈夫です。 (ただ、「?」だらけにならないで読むためにちょっと大事な情報もあるので、読んでいただけたらうれしいです) 今日のテーマはこの連載もの題にした「タルビーヤ」についてですが、タルビーヤの語源はアラビア語でタラバ、「学ぶ」という意味です。「タルビーヤ」は神秘主義に限ったことばではなく、イスラーム教について使うときには、コーランを学び、イスラームの教えと義務を実践していくことを指します。 このまんがの題材になっているのは、イスラームの中でも、スーフィズム(神秘主義)と呼ばれるグループですので意味が少し変わります。(前回触れましたが、「教団」というのはセクトというよりかは、「寺」に似た信者の精神修練、神に近づくことを目指す集団です) タルビーヤには3つの段階があります。「イスラーム(身体)」、「イーマーン(理性)」、そして「イフサーン(霊魂)」です。長くなってしまうので今後まんがや本編でゆっくり紹介するつもりですが、最終段階といわれている「霊魂の知」(イフサーン)に行きつくためには、頭を使って学習することも、体を使って礼拝や労働をすることも、プロセスとして大事なのです。…というのが今回の2つのショートエピソードのテーマです。 今回のお話しに若い教祖さま、マム・チェルノ(正式には Mame Thierno Birahim Mbacké)(1862-1943)という人物が登場するのですが、(ムリッド教団創始者であるアーマド・バンバの弟です、10歳ぐらい年の差がありますので、この設定ではバンバが30歳、マム・チェルノは20歳くらい) ちなみに元の写真はこちら(右手に座っている人物です) 彼のように幼いころから宗教を突き詰めている人にとって、礼拝や断食など、体を通したイスラームの義務はできて当たりまえ、そこから心と霊魂を通した「神の知」に至るまでの精神修練を「タルビーヤ」と呼んでいます。 神の知は無限といわれているので、どんなに頭がいい人間でも、努力してやっと知りえるのは大海の一滴にすぎない、とも言われています。セネガルの神秘家(スーフィ―)達は、この神の知を大海に例えて、ウォロフ語で「ゲジュ・ハムハム(知識の海)」といいます。神秘主義の道に入ったスーフィたちは、これを学び続けることで、ファナー(神との合一)と呼ばれる「悟り」に似た瞬間を目指すのです。 ※イブラ・ファルに関する説話は沢山あるのですが、とにかく師(シェーク・アーマド・バンバ)に絶対服従したことと、体力もすごくて力仕事を厭わなかったことが知られています。   お付き合いいただき、どうもありがとうございました! 短いコマものですが新しいキャラも導入するので次回も楽しみにしていてくださいね!            

【Manga】Les Chroniques de Tarbiya (2)/タルビーヤ日誌(2)

日本語版はこちらをクリック Voici le nouveau épisode! Le personnage sur cette page de couverture est Sokhna Mame Diarra Bousso (1833–1866) , la mère de Cheikh Ahmadou Bamba, le fondateur du mouridisme au Sénégal. Voici la photo originale:) Dans l'épisode d'aujourd'hui, j'ai dessiné un autre personnage très important dans l'histoire du mouridisme, Serigne Mame Thirno Birahim Mbacké (1862-1943), le... Lire la Suite →

【まんが】修行(タルビーヤ)日誌 / Les Chroniques de Tarbiya -日本語版

En français, cliquer ici 前回のアフリカヒーローのイラストに思いのほか良い反響をいただき、シェアもしていただいて、どうもありがとうございました!調子に乗って、私が比較的良く知っている人物像を役者にコマもののエピソードを描いてみることにしました。それ以外の記事も書きますが、絵ものを定期的に更新したいと思います。 まだほんまものの漫画を描く時間的余裕が無いので、四コマ的なショートエピソードで、西アフリカについて、イスラームについてなどの情報も盛り込んでみようと思っています。 前回のブログで紹介したシェーク・アーマド・バンバの創始した神秘主義教団をモデルにしています。聖地のトゥーバは私の調査の大事なフィールドでした。 イスラーム神秘主義(スーフィズム)??と聞いてもイメージがあまり浮かばない方も多いかと思いますが、新興宗教というよりは、神を称え現世のよりよい生き方を求めて修行をする信者の集団、日本で言う「寺」的なコミュニティーです。イスラーム圏にはこうしたスーフィズムのコミュニティーが沢山あり、修行は「タルビーヤ」と呼ばれます。この連載ものの題名の由来です。 ではどうぞ。 注 エピソードは筆者が想像したものなのですが、実際教団の弟子たちが某マラブー(教団の師匠)の足水を奪いあったという実話は聞きましたので、あながちでたらめでもないと思います・・・。 引き続きよろしくお願いします(*´∀`*) おまけ↓ 久々に絵沢山描けてたのしいな♪

セネガルの歴史を作ったイケメンたち 5選 / Quelques figures historiques au Sénégal en illustration

  J'ai dessiné quelques figures historiques importantes au Sénégal. Désolée, les explications sont en japonais... Je vais essayer de dessiner les épisodes en bilingue, à très bientôt! 先週はタンザニアの首都、ダルエスサラームでアフリカ・アジアに関する国際シンポジウムがあり、アジアやアフリカ各国から研究者が集まっていて、本当に色々な刺激をもらいました。私たちのオーガナイズしたパネルも大成功。この報告はまた後日改めて・・・。 実はここ最近久々にイラストを描きたいインスピレーションが沸きに沸いていていたたまれず、もう何年ぶりかにスケッチブックを常に持ち歩いています。飛行機の中や空き時間にせっせと鉛筆を走らせ・・・。 思いをめぐらせているのは、セネガルの19世紀から20世紀に大活躍したイスラームの聖人たちや同時代のヒーローたちを漫画キャラで。(今までのイラストとちょっと画風が違います)歴史的資料をあたればあたるほど、これだけの豪華な面子が同時代を生きていたのか…と、ゆくゆくはこれを題材に大河ドラマ的ストーリーを描きたいなと考えているのですが、ちょっと見てもらいたくなったので描きためていたキャラデザインをアップしてみます。 時代と年齢設定が人物によってちょっとずれますが、容姿や服装などはかなり文化人類学的見地?(私の観察や実際着てみてなど)に基づいているはずです。 注 妄想によりイケメン化していますが愛を込めて描いているのでセネガルの方、たとえば描かれている聖者の方の教団信者の方々からもおそらく批判は来ないはず?と思います。   もちろん女性のヒロインもいますが、今回は男性限定ということで。またここでは数多くいる人物たちのなかから筆者が特に注目したキャラをピックアップしていますので、人物そのものの知名度や歴史に登場する重要度はまちまちです。 ※ 名前の頭に「シェーク」とある人物が多いですが、これはイスラームの師をあらわす敬称です。 それでは、個別に人物紹介いきます! ラット・ジョール Lat DIOR  (1842-1886) セネガルの代表的な歴史的人物の一人。19~20世紀は植民地時代、フランスが「平定(pacification)」と称して西アフリカの各地にまさに侵略していった時代です。その障壁となったのは各地にすでに確立されていた伝統王朝でした。ラット・ジョールはウォロフ民族の王国であるカジョール王国を率いる最後の王で、死ぬまで戦いフランス殖民軍に対抗したヒーローとして知られています。詳しいヒストリーはまた後日。 気性は荒くて包容力は大きく、そして人間味にあふれた人物像を想定しています。 モマール・アンタ・サリー Momar Anta SALY ラット・ジョール王に比べはるかに知名度はありませんが、当時の名だたるイスラームの師の一人でラットジョールの相談係でした。 ラット・ジョールは、1961年ごろ、政治的な理由もあり当時同地域で力のあったイスラーム指導者のマーバ・ジャク・バ(Maba Diakhou Ba)のもとイスラーム教に改宗するのですが、モマール・アンタ・サリーはマーバの弟子であり同志でした。改悛当時マーバ・ジャク・バは55歳ぐらい、ラット・ジョールはまだ23歳、モマールは35歳ぐらい。ラット・ジョールにとってマーバが師ならモマールはおそらく頼りになるお兄さん的な存在だったのでは?ラット・ジョールの改宗にはモマールが関わっているのでは…と想像はふくらみます。 ラット・ジョールは彼の姪で王族の中でも由緒正しき血筋の娘をモマールの嫁として嫁がせたといいます。あまり歴史的記録のない人物だけに、かれらの友情の物語が描きたいなあ。もう少し歴史資料をあたってみようと思います。 そしてとても重要なこと、モマール・アンタ・サリーは後にセネガルで最も大きな教団の一つ、ムリッド教団の創始者となるシェーク・アーマド・バンバ(このページの下に描いた白装束の聖人)の父なのです!と言えば彼のセネガル史における重要度は無視できません。 シェーク・シディヤ・バーバ Cheikh Sidiyya Baba   (1862-1924)... Lire la Suite →

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